カテゴリ:つぶやき( 28 )

久しぶりのブログです。

2005年から始まったこのブログも、気づけば8年!
かつては毎日書くのが習慣だったものの、子供が生まれてからはそうはいかず。
かなり長いこと放置してしまっています。

そもそもこのブログをはじめたのは、母の勧めによるものでした。
2005年は、このブログの始まりでもあり、カナダの始まりでもありました。

あれから8年、ブログを勧めてくれた母は、今は2度目の脳出血で入院中。
カナダに夢中だったあのころは、8年後の今、カナダで子育てをして、仕事をして、そして日本にいる両親の心配をするであろうことは想像がつかなかった。
カナダで家族を作り、生活が始まってしまった今は、日本に帰りたいと思っても、そう簡単ではない。

すぐに帰れなくても、いつでも電話できると思っていた母も、3年前に脳出血をしてからは老人ホームに入り、すぐに電話できない存在となってしまった。

そんなことを考えながら、ふと母のブログを久しぶりにのぞいてみた。
最後の記事は3年前に脳出血をする直前。
あの時は気づかなかったけれど、8年前にブログが始まったころの母の文章はしっかりしたものだったけれど、3年前の脳出血をする直前の文章は誤字脱字が多く、文章からも年をとったんだなとわかるものとなっていた。

記事の内容も、かつてはペットのことや外出したことなどの出来事を書いていたものの、最後の方は、過去を振り返る内容の記事が多くなっていた。
痴呆もあった母は、1度目の脳出血をする前にはかなり物忘れが多くなっており、ブログでも、消しゴムで記憶が消されたみたいにごっそり思い出せなくなってしまうことがあると言っている。忘れないように、大切な記憶を残しておきたいと。

今現在は2度目の脳出血を起こし、話ができる状態ではないけれど、「ブログ」という形でしっかりと母の思いを残してくれたなと思う。
1度目の脳出血を起こしてからは、字がかけなくなったり、ブログを更新することができる状態ではなくなってしまったけれど、そんな母のブログも大切に残したい。
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by ohayo-canada | 2013-02-19 15:25 | つぶやき
ふと、久しぶりにモントリオールを旅行した時の写真が見つかった。

モントリオールはカナダで一番好きな街。
建物がヨーロッパ風で、聞こえてくるフランス語も好き。
観光客が多いからか、そこにいる人たちもとってもフレンドリー。

モントリオールに一人旅したのは2006年。
気づけば5年前!
5年前の自分と、今の自分は、全く違うような気がする。

あの時は独身で子供もなし、なので休みの日はカメラを持ってあちこち歩き回り、興味のある方に自由に歩き回っていた。 見えてる世界も、今よりも広かった気がする。 
写真を見ながら、今の自分にまたこれができるか?と問いかけてみた。

答えは、できたらいいなと思うけど、家族ができるとそうはいかない。
自分だけの都合だけでは動けず、家族の都合もうまく合わなくてはいけない。
子供が小さいうちは動ける範囲も限られてくる。

一人だった時は、もっと自分が自分であったような気がする。

家族ができた今は、考えてるのは常に家族のこと、子供のこと。
自分のことはさておき。

5年前と今は、気持ちだけでなく、体質も完全に変わってる。
以前は、あまり食べても体重は増えず、むしろそれが悩みだったりでもあったのだけど、今は年齢のせいか、出産をしたからか、食べたらすぐに増える。 (特にお腹のにく)
体力もだいぶ落ちたような気がする。

ジュニアの寝顔を見ながら、大きくなったらもっともっと楽しいことを一緒にしたいって思ったりもするのだけど、気持ちは若くても体は確実に年をとってしまう。


ジュニアが3歳になった今はかなり動きも自由になり、一緒に何かを楽しむっていうこともできるようになってきた。
ダイエットも、家族や子供との時間もあるので思うようにできなかったりもするのだけど、それでもダイエットしようって思えるようになったってことは、少しは自分のことを考える余裕が出てきたのかもしれない。

ダイエットは、がんばっていたつもりが、夕べ体重計に乗ったら1Kg増えていた(-□-!!)

それでも今までの食生活を見直して、より健康に食べるように心がけているので、エクササイズもしっかり続けていったらお腹もひっこむのかな?
それともリバウンド覚悟で食事制限もした方が良いのか?
迷うところ。。。

もう一度履けるようになりたいパンツは、まだ入らないので、、、ただしばらくダイエット生活続けていきます。
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by ohayo-canada | 2011-06-28 08:33 | つぶやき
先週約1週間、干からびるかと思うほどの暑さが続き、ついに夏がやってきたーー!



と、思ったら、



凍えるような寒さの月曜日。。。





寒いなー。。。
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by ohayo-canada | 2010-07-13 07:35 | つぶやき
2005年秋、ワーホリでカナダに行くことを決めてから始めたこのブログ。

ワーホリが終わってからもどうするか迷いながら今まで続け、ワーホリ後の結婚、妊娠、出産、子育てと、今までずっと書いてきたのだけど、段々ブログ内がごちゃごちゃになってきてしまい、ちょっと整理をつけたいな、、、ということで、新ブログを開設しました。

URLはこちら↓

http://ameblo.jp/kidshouse/(←クリックでページ移動できます)


新しいブログでは、これからオープン予定のデイケアのことや、子ども達と一緒にできる遊びや工作、発見、便利なグッズなどの紹介を中心に書いていく予定です。

今までと同じブログ名ohayo-canadaをキープしたかったのでエキサイトではなくアメーバになりますが、また新しいブログもよろしくお願いします!


今まで続けていたこのブログは、どうするか迷っていたのですが、日本にいる家族が見ていることもあり、細々とですが今まで通り家族のことやジュニアの成長記録など、つづっていこうと思うので、ジュニアの成長が気になる方はまた引き続きこのブログにも遊びに来てもらえたらうれしいです。


そんな訳で、いつもブログに遊びに来てくださる方々、ありがとうございます。

もしよければ新しいブログもリンクお願いします。


これからもまた引き続きよろしくお願いします!



by ohayo-canada
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by ohayo-canada | 2009-09-05 14:30 | つぶやき
最近、調べものや何かで英文を読むことが増え、気づけば英文もよく読めるようになったなーと思えるところなのだけど、同時に上昇してるのが日本語の誤読力

久しぶりに新たな日本の雑誌を読み、日本語だからリラックスして読めるはずなのだけど、”イタリア人”っていうのを、”リタイア人”と誤読し、リタイア人って何だろう??日本にいない間に新しい言葉ができたのか??と、あれこれ思いながら読み続け、途中で読み直して”イタリア人”だってことに気づく。

また、”保育料”って書いてあるものを、”保育科”と誤読し、「子供を預けるのには保育科を出てないといけないのか?????」なんて、悩まずにすむところで悩んでみたり。。。

また言語に限らず、混乱するのは”名前”。 友達の子供と、自分の子供の名前をミックスして呼んでしまったり、赤ちゃんに向かって小僧!と言ってしまったり、またその逆もあったり。

何ともバランスの難しいところ。
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by ohayo-canada | 2009-04-24 14:10 | つぶやき
30歳目の前にして考える、将来の夢。
”将来の夢”って、もっと前、10年くらい前に考えておいて、今頃実現に向かうんじゃ!?と思うところだけど、今頃スタートな将来の夢。

幼稚園の頃の将来の夢は、お菓子屋さんだった。
理由は、お菓子が好きで、お菓子屋さんになれば毎日お菓子が食べられると思ったから笑。 現実、お菓子はお菓子屋さんにならなくても毎日食べられる笑。
また、幼稚園の頃結婚したかった相手はのんちゃん(←当時教会で毎週遊んでくれていたおねえさん(女)

小学生の頃の将来の夢は、幼稚園の先生。 この夢はずっと続き、短大を卒業した後に実現。
小学生の頃結婚したかった相手は、小堺さん(ごきげんようより)、せきねつとむ。

中学生になって、結婚のことは何を考えていたか不明。 相手はともかく、”20歳で結婚する!”っていうのが密かな夢だったような。。。
実際21歳で結婚したのだけど、、、入籍日が4月1日(エイプリルフールですよっ( ̄□ ̄!!)
そのせいか、離婚へ(苦笑)。 何故わざわざエイプリルフールの日に入籍したんだろう。。。

幼稚園の先生職は、2年間担任をした後、仕事の内容と量に対して給料が見合わないこと、いわゆるオフィスでの仕事にも興味があり、オフィスワークへ転職。
が、幼稚園の先生という仕事に未練があったことと、1年後働いていた幼稚園から急に人が必要になったから1年だけでも戻ってこないか、、、というお誘いがあり、1年幼稚園に戻ったあと、満足し、幼稚園の先生終了。

その後オフィスワークをしながら、貯金をし、カナダへ。
初めてカナダに来たきっかけは離婚。 リフレッシュのために自分に1ヶ月の休暇を与えよう、、、と思いつき、やってきたバンクーバー。 あの頃は始めてカナダに来る前、毎日のようにNHKの英語(レッツスピーク?だったか?)を毎日続け、たどたどしい英語ながらもバンクーバー到着、そしてホストファミリーとの出会い。 初めての場所で何もわからなかったけれど、本当に手取り足取りいろんな事を教えてもらい、いろんな場所に連れていってもらい、絶対また戻ってくるぞ!と心に誓い、ワーホリにて戻ってきたのが2006年。

このワーホリ中で新しく発見したのが、接客業の楽しさ!
ワーホリ中にやった仕事は、老人ホーム内のレストラン、翻訳会社、カフェ。

この中で一番自分にとってストレスがなく、心から楽しいと思ってできた仕事がカフェ、、、ということで、カフェにはすっかりはまり、カフェで修行を積んだ後に自分でカフェをオープンするか!?と無謀な夢も密かに抱いていたのだけど、、、最近私の心を揺らしているのがデイケアの仕事。

利用者としてだけど、デイケア見学に行き、保育の場を目にし、懐かしくなってしまった子供に関わる仕事。 調べてみると、お給料は日本の幼稚園よりは良いかも? また、国が違うので時間外労働は給料1.5倍と、労働条件もしっかりしていそうな様子。
子供に関わる仕事、やりがいは抜群、楽しさ満点、と、同時に忘れてはいけないのが責任とプレッシャーも100%。 この仕事に戻るとするとまた抱えないといけない責任とプレッシャー。
それでも将来性を考えるとカフェの道よりもデイケアでの仕事の方が安定してるような気がする。
迷いに迷いまくる進むべき道。 
さらに二人目の子供が欲しいとなると、考えなくてはいけないタイミング。。。


そんなこんな考えている横で、あるものに夢中になっているこの人は、、、

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将来の夢を考えるのに忙しいお母さんに代わって、セール品チェック笑!?

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というよりは、クリスマスのプレゼント開封以来、紙をくしゃくしゃにする音が大好きで、インクのつきにくい広告が来たときには何枚か頂き、ひたすらくしゃくしゃと。。。 これで30分は静かに過ごせる赤ちゃん。 そして満面の笑み。

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まだ悩みなんてないんだろうなー。。。
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by ohayo-canada | 2009-01-19 16:31 | つぶやき
年があけて、2009年になり、いつの間にか半月が過ぎてしまったのだけど、ずっと考えていたブログのタイトルを年明け(とまだ言えるうちに)変更することに!

このブログも2005年秋に始まり、気づけば3年半!時々更新速度が落ちることもありながらだけど、よくもここまで続いてるものだと自分にびっくり。
母に誘われブログというものの存在を知り、同時にカナダへのワーキングホリデーを決め、始まったこのブログ。 ワーホリブログから始まり、まさか子育てブログになるとは、、、思いもしなかった2005年。 タイトルも何度変わったことだろう。。。 

そんなこんなしつつ、何を書いたら良いかわからない今日の夕食はステーキ。
 
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ステーキというと豪華な響きだけど、実はこれ、塩&こしょうと数種類のハーブをまぶし、焼くだけなので、赤ちゃんが生まれてなかなか料理に時間を費やせなくなってからの生活にはしょっちゅう登場♪ 一緒に添えるポテトは、今まではマッシュポテトにしていたのだけど、マッシュにするとどうも離乳食を作ってる気分になるので最近は薄切りにしてフライパンで軽く焼いてw

肉のサイズは小さいけれど分厚いのでかなりお腹いっぱいになる。

が、、、また最近夕食のメニューがマンネリ化しつつあるのでそろそろ何か違うものを作らなくては。。。
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by ohayo-canada | 2009-01-18 17:45 | つぶやき
先月、誤送信(?)した父へのハッピーバースデーメール。


父は携帯は持っているものの、電話はかけるのみ。 メールは読むのみしかできない人。
なので母はよく、「電話かけてくるくせにかけると出ない!」と怒っていた(笑)。
メールも、読めるけど携帯から返信するなんて技はとうてい無理。 なので母が必要なことをメールしても読んだっきり返事がないので、便利っていうのか何ていうのか苦笑。


そんな父に、今度こそ本当の誕生日の日にもう一度父の携帯にメールしてみた。


そしたら、



返事が返ってきた。













郵送で!笑  055.gif






父の誕生日の約1週間後にポストカードが届き、





「メールありがとう!」 って。。。





便利な世の中、、、なのかなー笑???




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by ohayo-canada | 2008-12-06 14:50 | つぶやき
妊娠がわかり、過去に死産した経験もあり、原因が母体にあると思われる、、というのが6年前の結果だったので母に頼み、死産をした病院に問い合わせて資料を送ってもらうように頼んでいた。
母が問い合わせた時の病院からの返事は、6年前だと古い記録なのでカルテや資料は残っているかわからないと。 だけど特別な場合は何か残ってるかもしれないので資料の整理をしてみると。 そしてそれには2週間かかるとの返事だった。
それは仕方ないと思い、カナダでのドクターに伝えると妊娠はどんどん進んで行くので、それは待たずに先にこっちはこっちで検査しましょう、という事で血液検査やら診察やらしていた。

過去の資料は約2週間で出来上がり、海外には送れない、と言われていたので母が直接取りに行き、今カナダで通っているドクターのところにFAXをしてもらう事に。 だけど母がFAXする際に2枚送ったところで詰まってしまったかエラーになってしまったそうなのでFAXは諦め、郵送で書留で私の元に送ってもらった。 ドクターにはFAXがエラーになってしまったこと、これから私の所に郵送で届く事を伝えてある。
そして今日届いた資料。

実際やっぱり具体的な検査結果のようなものは残ってなかったようでレターとして書かれたもの。 でも、死産した年が明らかに違っている・・・。
死産したのは6年前、2001年の春。 だけど資料には1999年って書いてある。
でも、どう考えても、1999年は私が短大を卒業した年。 明らかに違う。。。

今さらなので言っても仕方のない事なのかもしれないけれど、ここの病院ではどうなんだろう?って事がよくある。 たまたま私の運が悪いのかもしれないけれど。
ここの病院にかかる事になったのは、それまで通っていた産婦人科のクリニックの先生が赤ちゃんの異常に気づき、わざわざ夜自宅に電話をかけてきてくれ、気になるので大きな病院に資料を送るので行ってみて下さい、と教えてくれ、それから行くことになった大きな病院の産婦人科。 
問題があるから転送されて、診察に行った病院なのだけど、実際行って見ると、その日は「赤ちゃんも元気だし問題ないですよ。また次の検診の時に来て下さい」 と言われて帰宅。
そして問題ないと言われたのですっかり安心して、通常の妊婦生活を送り、次の検診へ。
するといつも見せてくれるはずのエコーの画面をさっと隠され、「家族を呼んでください」と言われた。 この検診のとき、お腹の中で赤ちゃんは既に死んでしまっていたのだそう。 また自覚症状はなかったものの、母体も危険だからすぐに入院をしないといけないと、だから家族に入院の準備も頼んで下さいと。 この時は何が起きたのかうまく飲み込めず、ただひたすら言われた通りに入院。
そしてさらに気になるのが、、、別の先生(最終的に私の担当になった先生)が、「○○さん、実は前回お話したい事があったのですが既に帰られた後だったようなので・・・」って。 その時は自分が流産、死産という事でいっぱいいっぱいだったので、そうですか、、と流していたのだけど、考えてみたら、そもそも大きい病院に転送されたのは赤ちゃんに問題があったからで、普通の生活を送っていてはいけなかったはずでは?と。 だからクリニックの先生が気づいて手遅れになる前に直接電話してくれ、転送もしてくれたのに、、、なんて思ってしまう。 前回お話したい事があった、っていう事は、やっぱりその時から問題があったんだろうなって思う。 でもその時の診察では「問題ないですよ」ってはっきり言われたのだけど。
その時お話したい事があって、私が帰ってしまった後だったのなら、どうして電話でまた来て下さいとか言ってくれなかったのだろうって思ってしまう。
その時気づいてもらって処置をしていても、もしかしたら赤ちゃんは死んでしまったかもしれない。 でもやっぱり自分の中では病院に対する疑問として何となく残っていた。

そして今回。 資料の年が違う事でどうなんだろう?ってまたも思ってしまう。

自分が過去に結婚していた頃のこと、実を言うと覚えていない事が沢山ある。 母と話していてついこの間のことなのに私が全く覚えてないことに母がびっくりしたり。 どんなに母に言われてもそれは私ではない、とさえ思うことまである。 死産した日も、日にちは覚えていない。 覚えているのは全てが終わったのが夜の9時だった、、、ということだけ。
結婚していた時のことも覚えているのはおおまかな事だけ。 どこに住んでたとか、犬を2匹飼ってたとかだけで具体的な事はほとんど覚えていない。

だけどいくら覚えていない事が沢山あっても、死産した年は記憶だけでなく、学校を卒業した年を実際に数えてみてもやっぱり1999年は短大を卒業して幼稚園に就職した年。

年が違うくらい、次にこっちで診察する時に違ってますって言えば済む事なのかもしれないけれど、何だかなーと思ってしまう。

また友達と話していて出てきたのは、医者と言ってもやはり人間。 だから医者のいう事が100%って信じるのではなく、最終的には自分の体だから自分で気をつけるしかないんだよねって。 日本でもカナダでも場所に限らずそうだなーと思う。
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by ohayo-canada | 2007-10-21 10:58 | つぶやき
友達のウェブサイトから見たあるビデオ。←クリックで見れます。

かわいい小さな女の子のストーリー。
彼女が生まれたのは両親が離婚したあと。
戦争でイラクに送られてしまった大好きなパパが帰ってくる直前に亡くなってしまった女の子。

原因は義父からの虐待。
作り話ではなくて本当にあった話。

子供はかわいいだけでなく喋る。 そしてやはり人間なので我侭も言えば泣き喚いたりもする。 だけど大人の思い通りにならない方が普通であるもの。
成長の糧で反抗期というものは必ずあるもので、2歳前後は自我の芽生えがあるので特に難しいお年頃。 とりあえず何でも「いやー!」と言ってみたり、大人がして欲しいと思うことと正反対の事をしてみたり・・・表現の仕方はその子それぞれだけど、これは相手が嫌いでするのではなくて成長の糧で誰もが通過する地点。 2歳前後の反抗期があれば、精神的にも子供がちゃんと成長しているんだという、嬉しい印でもある。 そしてこの反抗期も3歳になる頃には落ち着く。

この女の子もそんな年頃だったのかもしれない。 やっと歩けるようになった小さな女の子が必死に自己表現をしている。 やっと歩けるようになった体、だけど大人に比べたらまだまだ充分ではない小さな体。 

「虐待」というものは、虐待を受けて育った経験のある全ての人が起こしうるもの。 自分ではしたくないと思っていても、自分が虐待を受けて育った経験があると無意識のうちに小さな体に対して同じ事をしてしまう事があるのだそう。
なので虐待は出来る限り減らさなくてはいけないもので、少しでも虐待を受けている可能性があると思われる子供がいれば、周りが守らなくてはいけない。

このビデオも沢山の人に広めたいと思う。
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by ohayo-canada | 2007-09-21 11:08 | つぶやき